よく音と光は相似というか、似ているという風に言われる。
どちらも循環しながらつながっていて、虹は七色、音階も七音、なんていう言い方もする(文化的背景云々はここではおいておく)
光りも音も、波の性質を持つ。とかもそう。
(前者は同時に粒子の性質を持つとか、後者は結局は空気の密度の差だとか、いうところは置いておく)
その、似ているとか相似だとかいう意見を鵜呑みにしていたけど、
最近はなんとなく欺瞞を感じる。
光は、(表現としてはたいてい)赤から出発して、黄色や緑、青を通って
紫を経て一周する。
音は、ドレミファソラシときて、ドで一周。
しかし、前者は完全な一周が出来るけれど、
後者は、一周したあとしっかり1オクターブ、下がるか上がるかしている。
この周波数にしてきっちり倍の差は、光では一体なににあたるのか。
彩度? 否。
明度? 否。
そもそも色相環の概念が、実は音階のぐるぐる回っている様子と一致していないことに
ここで気づく。
実は音にだって「音高」のほかに「音性」という概念があるし、
音階と同様に光をぐるぐるさせるなら、
赤外線、紫外線の先を考えなければならない。
もちろんどちらも可視光ではないので、
まじめにピアノくらいのオクターブ幅と光を対応させようと思ったら、
デジカメの不可視光を捉える性質どころではないなにがしかが必要になる。
と思う。
実際そういう受光素子があるのかないのか分からん。
あるなら、光と音をかっちり対応させて
鳴らしたり照射したりしてみたいもんだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿