2012年12月28日金曜日

VJネタ

大晦日にかかる某イベントにVJヘルプするやらしないやらで
resolumeをいじり中。

QuartzComposerでいろいろいけるぜ!と息巻いていたが、
たしかにかなりのことができるが万能ではない (=普通)

下層レイヤーに絵を表示しておいて、
上のレイヤーにエフェクトをクリップとしておいておいた場合、
それを重ねると、絵にエフェクトをかけたのと同じ状態になる。

ところが、Quartzはエフェクトではなくビデオクリップのように扱われるので、
絵に上掛けして効果を足すということができない
(もしくはその方法を自分が見つけれてない)
何かしらimageなinputをパブリッシュしておいて、そこにどこぞのレイヤーを指定する、
といったことができればいいのだけど、
それも見つけられてない。(なんちゃらClip?が近いのかな……?)

無念である。
できそうな気はするんだけどなー
そう難しくない方法で。

多分、できてる人は、こんなん普通じゃん、って言っちゃうくらいな内容なんだと思う。
無念である。

今回はもう急ぎまくりなので、
普通にqtz内に絵もコンポジットも組んだ状態にして、レゾさんに読んでもらうことにする。

むne(ry

2012年12月10日月曜日

FCPXはいいソフトなのか

前回は、Appleの不手際的な視点からFCPXについて書いてみた。
そう現実と隔たった内容ではないと思う。
ファミリーの多くを「統合」の名のもとにディスコンした上、Compresserに至ってはかろうじて生き残ったもののUIなどの刷新もされず、実に時代を感じるものとなっている。この点に関しては、あの「UIに定評ある」Appleにあって画期的なまでに過去。
その直後にCS6のメディアエンコーダを見ようものなら、そのすっきりと今風なUIに安心感をひしひし感じること請け合いだ。

また先日使ってみて遭遇したのだが、Premiereでは直接読めるm2tsファイルが、
FCPXでは読み込めない。
Lion以降はQT内にMPEG2デコーダが内蔵されたにも関わらず。

もちろんこれにはからくりがある。
m2tsの運用は、厳密にはフォルダ階層ごと行わなければならない。
なぜといわれても、そう決められているのだから仕方がない。
ややこしいのは、映像を撮影してそれを生成するカメラのストレージが、USBにつないでみれば、
定められた階層が単なる階層となんらかわりなくアクセスできる点にある。
当然ユーザーは階層をたどって、必要なファイルだけ持って移動するだろう。
ファイルだけ抽出された時点で、FCPXにはお手上げ。
Premiereでは、この定められた階層構造から「救出(=遭難)」されたm2tsファイルを、普通に読める。
FCPXは規格に真面目に準拠しているとも言え、その事自体は評価できるが、
1ユーザとして見れば、どちらが使いやすいかは言を待たない。

そのような、使用者とのちぐはぐが、至る所にあるように感じられるFCPX である。


それでも、
未来はFCPXにあるように個人的には感じている。
なんだかんだ言いつつ、基本的にはそう思っているのだが、
先日、この姿勢にちょっとした裏付けを感じることができた。


Mac App Storeのレビューだ。
いや、往年のユーザ様からは、もちろん星ひとつが基本の、コテンパン状態。
それは相変わらず。(もちろん、相変わらずという時点で単純に問題があるが)

注目したのは、それでも星5つをつける層があるということ。
この層は、概ねエントリーユーザ。つまり、いわゆるFCPユーザとは違う「FCPXで入門してきたひとびと」だ。
この層にとってFCPXは、多機能かつ直感的で、申し分ない仕上がりだという評価が多く見られる。
この様子を見て、ああ、FCPXは大丈夫だ、と思った。

星ひとつユーザと、星5つユーザを分けるものはなにか。
言うまでもなく、しがらみ、自分の築いてきたもの、背景、そういった「過去」の有無に違いなかった。
だから、いつまでたってもFCP7の機能をもどせとうるさい。

いやいやいや
FCP7のそれらが、最高に効率的であったわけではないでしょう。
たとえ多少非効率であろうとも現状に即して使っていて、いいも悪いもなく慣れているだけでしょう。
前回、このアプリケーションで食べている人々にとっては「死活問題だから」FCPXが使えないと書いた。
その点はだいたい間違いないと思っているが、
言い換えてしまうとこうだ。

FCPXで食べていく自信がない。

FCPという過去を 無駄にしたくない

女房に逃げられたのんべえおやじかってんだ。
FCP7の機能がない、いつもの使い慣れたあれがない、嗚呼不安だ落ち着かない。
せめてそこさえ埋めてくれればFCPXを使ってやらんでもない。
一見譲歩しているようでいて、旧態依然な上にひどく傲慢だ。
FCPXの真価に正面から向かい合って評価する姿勢はない。
 そんなことをしているうちに、FCPXにちゃんと向かい合えるアマチュアがめきめきと力をつけ、
バカにしているうちに 「ハイアマチュア」「プロ」になり、
気づけば追い越されている。転覆している。
そうなれば残されているのは、古いものを維持するための小さいパイの奪い合い。創造的な仕事とは思えない。
現行のプロには、過去と、未来がある。エントリーユーザーには、未来しかない。事情などはない。ただ実力を世に問えばいい。
どちらが勢いがあるというのか。

もちろん映像にはハード、専用機器の問題もある。FCPXで食べていく自信が生まれないのもそりゃそうだ、ハード面での進歩と等速でなければ理想はほんとに机上の空論。
ただ、ことソフトに関しては、
こうした「バカにしていたものがいつのまにか潮流を作り出している」ことなんてザラにある。
2chやニコニコらにおける、広告としての爆発力の例はいつだって忘れる訳にはいかない。
あるいはMMDの創造力を吸引する有様も、同様。


たしかにAppleの不手際は感じる。
もっとうまくやれよ、と思う。(この文脈で「うまくやる気」つもりはないだろうが)
だがFCP7にだらだらとすがる意見には与しない。またそれに準ずる旧態依然としたツールたちも、あまり支持できない。居心地の良さは認める。 積み上げてきたものは、確かに力強い。

ただ、積み上げてきたものは、まさしく積み上げただけあって
それが地盤なのではない。

われわれの業種の地盤は、常時ぬかるんでる。
そりゃもうぬるぬるのどろどろだ。

2012年12月4日火曜日

FCPXはいいソフトだと思う

……なんてことをわざわざ書くのは、
ほかでもなく、「いいソフト、なんだけど……」という思いが自分の中にもあるからなんだろうなと思いつつ。

いいソフトなんだけど、
まぁ
誰も使ってない。使われてないですわ。

メジャーアップデートには整備と提案の性格があって、
どっちもやってどっちも失敗した、のではないかという感が拭えない。
片方ずつだったら、まだ愛し続けてくれる人も多かったろうと思う。
でも、その両方のアプローチで流れを自ら断ったと見えた以上は
「自分からフった」状態と見られてもおかしくない訳で。


そんな奇行に走ったのはなぜかと考えてみる。
やはりフレミアの存在が大きいだろう。
やつは同じ路線で堅実に力を着けていて、
リアルタイム再生能力ではついにFCPを抜いていた。
焦るFCP。
つぎのメジャーアップデートでは、当然その部分は押さえて、というか抜き去ってしまいたい。
でもそうなると、
抜本的な設計の見直しが必要だ。
(多分、完全新造になるのにもういちど仕上げだけ同じところに向かうのは、ナンセンスに思えたことだろう)

じゃあ、新造になるなら、いっそのこと、
使い方、ソフトのあり方も新しく提案しよう!そうしよう!

いままでだって、そうやっていろんなものを覆してきたぼくたちだから!

これがいけなかった。

結果、
現在は細かいアップデートで満たされたとはいえ、
デビュー時には必要な機能が満たされていない状態、
かろうじて再生能力や基本性能の部分では誇るものがあったにせよ、
とりあえず実践で試してみようかと思わせるには未整備すぎた。

また、
整備的な部分ではない、提案の面でも、
画期的すぎる操作感、UI、概念の変更が波紋を呼び過た。
いままでと不連続すぎた。

おまけに、
先端の技術基盤で作り直したためにある程度以上のマシンスペックがいる上に、
マシンが速ければ速いほどいいという状態になった。
そのくせ、
Appleのラインナップで「最強」であるはずのMacProは、ほぼ凍結状態になっていつまでも更新されない。
自分で自分にとどめを指す状態。



仮に
未整備な面はあっても、提案にもう少し地続きな要素があったなら。
提案が苛烈であっても、機能的に十分整備されていたなら。
また、それに見合う最高スペックのマシンが相次いで提供されていたなら。

FCP離れは、ここまで進まなかったように思う。

いまは、ちょっとギークな人か、まだ信じてるよほど愛の深い人か、くらいしか使っていないのではないか。
それも、メインツールとして使っているとはあまり考えづらい。
メインで使っているという人に会ってみたい。


それでも忠誠心からFCPXを使っていて、
けれど、ふとプレミアを使ってみた、そしたら居心地がよすぎて
結局乗り換えた。
……という人が後を絶たない。

「実質型遅れの古いマシンを【ラインナップ上の最上位機種】と思い込むのはもうむなしい」
という声も、もはや内心にとどめておく方法がない。



いままでappleが覆してきたものは、
とりあえずそれが変化してもご飯を食うのに困らないものだった。
(USBオンリーになり、フロッピーを撤廃しても、
困ったのはレガシー端子のパーツ屋、ケーブル屋や、フロッピー製造社くらいだったろう)
FCPは違う。
抜本的に変えたら、仕事に関わる。稼ぎに、ご飯に、命に関わる。
困ったら代替手段を選ぶ。生きるためとなるとなおさらだ。




FCPXはいいソフトだと思う。
iMovieProだとか、素人向けだとか、そんなことも思わない。

ただ、仕事向け、とはどうも言えない。
ぼくらのやってるシゴトとやらはどうも、FCPXの夢想する未来よりはるかに泥臭いみたいだ。

2012年11月24日土曜日

「なんで下むいて歩いてんの」「太陽が眩しいからです(真顔)」

天才は人格とか破綻してるひとがおおい、みたいなこと言ったりしますけど。
実際には、人格面目をつむっても欲しくなるようなアウトプットをしてくるから許されるんであって、
基本的には、成果がいいことと人格は関係ないわけで。

もっというと、よほどでない限り、成果がちょっとくらい良くても性格的な問題があったらその方が問題としては大きい
というか技術的な問題は性格・人格・キャラクタでカバーできる。事のほうが多い。
特に映像制作の場なんかではそうだ。
技術はそこそこであっても、キャラがよかったりコミュニケーションがしっかり出来れば、
あとは技術のある人がなんとでもするから、という部分はある。


元気で明るくて、とりあえずかわいらしいんだけど、
でもなにかダメな子がいる。
この場合のダメは、
もちろん技術や成果についてじゃなくて。
いや、まあ、技術的な面でもダメなんだけど、
そこは、言ってみれば誰でもカバーできる。カバーされながら、尻拭いされながら、まあ成長してくれればいい。


ではなにに問題があったのかと考えてみる。
明るく可愛らしい彼女は、もしかするとソレだけでやり過ごせてきてしまったのではないか。などと思い至る。
ご丁寧にも上手にスネて見せるその表情と進捗から、理解の色を感じ取ることが難しかった。
「わかりました」の刹那的な響き。
ハキハキしているようでどこかがずれている、その暖簾に腕押し感。

技術的に不十分であっても人間的な部分でカバーできる、というのは教えて育ってくれることが前提であって、
教えることで教えられ、育てることで育てられる、そういうプラスの効果やある種の喜びがあるというのも大事な要素となっているように思う。
(といっても、だからって育てるのに全精力を注ぐようでは本末転倒。教育機関でもないのでたとえば本業が滞るほどとなるとそれはちょっと話が違う)


その人は、契約更新されないと知って、即刻やめていった。
と言っても、その間就活できるようにと、契約満了まで十分日を設けた上での通達だったようだ。
もちろんそのやりとりは、スタッフの動きを把握しておくべき数人だけが知っていることで、急に現場で動きづらくならないようにという配慮もあったように思う。
それでも、足早に、陽気に去っていった。


果たしてここで何を学び、
どういった自分の欠点を見つけ、
いずれかにはそれを克服できるのか。

心配と言っては余計なお世話だろうが、
気にならない訳にはいかない。


ああ、わからないことだらけ。

2012年11月11日日曜日

クラウドに踊らされる

某原稿執筆中、クラウドを便利に使おうとして逆に翻弄されたのでメモ。


OSX 10.8から、対応ソフトでは保存先にiCloudを指定できるようになった。
保存するだけでなく開くことも可能であり、
つまり「その書類の居場所をCloudにできる」ということ。
iCloudの基本容量が5GBなので、写真を同期していなければ、書類のためのスペースとしてはかなり十分な容量だと思う。

というわけで、
ある原稿の作業を全部そこで行なう、ということをやってみた。


2012年10月21日日曜日

映像避難所3:VJやった覚え書き

てもとのCG作業がさっきから落ちまくるので辟易して
10月半ばにVJやったのでその時のことをおぼえがきすることで鬱憤を紛らわそうと思います。

=====

いわゆるクラブで夜中にやってるイベントのそれではなく、
某ネットレーベルの立ちあげイベントにVJで参加、という体裁。
生演奏ベースで、時間もそんなに遅くなかった。

きほん即興で、含アンビエント傾向ということで、
ビートを刻んだようなクリップを予め仕込んでおく、というのはなんか違うなという感じ。
というか拍など無い(厳密にはあるけど)

=====

というわけで出番だQuartzComposer。

オーディオピークに反応するものと、
TAPに反応するものを用意して臨みました。
 <普通

VJツールはResolume。
オランダ製で、日本での取り扱いがはじまったのは割りと最近とのこと。
触り始めた頃は英語版のみだったけど、今回のイベントの半月くらい前に日本語UIが用意され
当方のようなニワカユーザはヒャッハーと喜びました。

今回VJは二人で臨んだのですが、
もうひとりは定番のGrandVJでした。
で、GrandVJとResolumeを比べると、後者の方がその場その場での変更に強いというか。
OSX環境でQCあるから、ってこともあるわけですが。
(winにもTouchDesignerありますが。)

4ストリーム重ねてもCPUは20~30%くらいしか盛り上がらなかったので、
もっとモリモリにしてもいけるなと思った次第。
あるいは今回プロジェクタの関係で800*600サイズだったということもあるかも。
HDとか3面とかだったらもっとヒィヒィだったのかな。

もう一人がVJやってる間、
こっちではUst配信しながらQCの仕込み、とかもやってましたがやはり安定してました。ありがたや。


2012年9月23日日曜日

映像避難所2半 解像度のつづき

前回SD解像度について触れましたが、
昨今はもう使わないような解像度です。
なぜって、そんなサイズで作ってもみーんなパソコンでみる訳で小さすぎる訳でサイズ大きくしてみられたら荒れてショボくなるのでいろいろ悲しいからです。

というわけでSD解像度にかわって現在のスタンダードは、HD解像度です。

よく見られる寸法が
1280*720
1920*1080
というものです。
通称ですが、上のがハーフHD、下のがフルHD、といいます。
ただしフルHDてのは原理主義な映像屋さんによっては、サイズの話じゃなくて信号の話になるのでこれまた厄介です。あくまで通称ということで。

通称じゃないよびかたとしては、
720p/i
1080p/i
あたりがよいかとおもいます。もちろんp/iはフレームの扱いについてで、
もっと厳密に720/60pとか、1080/24pとか、フレームレートもあわせて呼称してもよいと思います。

ちなみになぜ1280ではなく720のほうが呼び名に入っているかというと、
走査線を数えるからです。これは前回いってましたっけ?
ですので、1920でもなく1080です。


ほかに、より大きなサイズで2k、4kなんていうのもあります。
最近では、実写の方で4k納品なんてのも出てきているようですが、
そんなものを映せる映写機(およびディスプレイ)が無いのに見えのために数字だけあげていくのは、なんだか貧しかった時代の日本人の悪癖をひきずっているというか、
みっともないしみんな大変になるだけなのでやめてほしいです。

IMAXでも4kに対応できてる館はそんなにないんじゃないかな?

そんなんで「テレビの売り上げ不振は画質がまだまだだから! なので4kテレビを投入する!」なんて息巻いてる電機メーカーの偉い人は、ほんとはずかしいと思います。ええ。
(いや、美しい映像のためにいつかは4kに推移していくのはまぁ文句ありませんが、テレビが売れてないのはそこじゃねぇ、っていう意味で)

……なににつけても、どうも日本の偉い人はソフトよりハードを敬重しすぎて困ります。



ほかに見かける解像度として、
iPhone4Sが 960*640
iPhone5 が 1136*640
iPad2が 1024*768
新iPadが 2048*1536

ケータイデバイスから映像を見るというのは非常に増えているので、こやつらの数字は大事です。まぁ、映像という意味では720か1080で作ればいいんだけど。アプリやゲームになるとまた違ってくるし。

それにしても、画面というか映像ファイルのサイズとしての「解像度」と、印刷のピッチ(ひんしつ)を指す「解像度」が同じ単語というのは、
わからんでもないけど、片方しか知らない人同士が会話したら、喧嘩になりそうだなー

気になる人はちゃんと「印刷解像度」「画面解像度(出力解像度、画像解像度)」を言い分けましょう。後者はもう画面サイズでいいや(よくない